現在、有能過ぎる!と言った評価がネットに広がっている大阪府知事「吉村洋文さん」が気になる!なんて方も少なくないでしょう。
今回は、関西を中心に大きな知名度を持っている政治家である吉村洋文さんについて「学歴・経歴」という点から徹底的に掘り下げて行きたいと思います。
この記事で扱う事
吉村洋文の経歴を簡単にまとめると
今回は、大阪府知事の吉村洋文さんの学歴や経歴について深く掘り下げていきますが、まずはじめにこの記事の総括のような形で、かんたんにまとめていきたいと思います。
学歴について簡単にまとめると
- 大阪府河内長野市で誕生
- 大阪育ち
- 生野高校に入学
- 九大に合格、法学部卒業
経歴について簡単にまとめると
- 1998年に司法試験合格
- 弁護士として活躍
- 顧問していた関係で、ひょんな事から政界入り
- 2011年~14年 大阪市議会議員
- 2014年~15年 衆議院議員
- 2015年~2019年 大阪市長
- 2019年~執筆現在 大阪府知事
となっています。これから詳しく、吉村洋文さんの学歴・経歴という点について、上記したような簡単からまとめていきます。
吉村洋文と学歴・高校~
吉村洋文さんは、大阪府河内長野市に産まれます。河内長野市と言うと、大阪のかなり南にある市になっていますね。
他の都道府県の方からすると、大阪と和歌山の間とイメージしていただけると、河内長野市の位置関係が理解しやすいと思います。
小学・中学と順調に上がったようで、高校は、地元では「いくの」と言われる大阪府立生野高等学校に入学したようです。大阪府松原市にある公立高校になっています。
松原市の中学生は知らない人が居ないくらいの進学校となっており、大阪でも全体的に知名度の高い高校となっていると言えるでしょう。
生野高校の進学実績を見てみると、(2019年)
- 東大 1人
- 京大 1人
- 旧帝 36人
- 早慶上智 7人
- 関関同立 300人以上
となっています。偏差値も70超えなので、中学生の頃からかなり頭が良かった可能性が高いでしょうね。
ちなみに、同じように大阪で育ち、維新のソウルとも言える存在である橋下徹さんは、北野高校となっています。
北野高校は大阪では文句なしの進学校となっており、偏差値は76となっています。
生野高校も負けていませんが、やはり北野高校、そしてそれに入学した橋下徹さんが凄い・・・
吉村洋文と学歴・大学~
生野高校から吉村洋文さんは、九州大学の法学部に進学する事になります。法学部に進学している事から、大学入学前から法曹界を弁護士を志していた可能性が高いでしょう。
ちなみに、維新のトップメンバー(橋下・吉村・松井)での対談がネットに配信されていましたが、九州大学に入学するまでは、かなり不安があったようです。
住んでみると良い場所だったと回想していましたが、18歳から知らない土地という事で、かなりストレスが掛かっていたようです。
その後、大学生時代はやはり司法試験に合格するための勉強をかなりみっちりと行ったようです。かなり勉強したと振り返っていました。
ちなみに、この対談で面白いところは同じように弁護士出身の政治家だった橋下徹さんです。実は、早稲田大学出身となっていますが、学部は法学部ではありません。
橋下徹さんの場合は予備試験に合格して、司法試験を受けたようです。ぶっ飛んでますね・・・
何れにせよ、行政のリーダーが法律に詳しいという事ほど、頼もしい事はありません。
吉村洋文と弁護士時代~政界入り
次に、吉村洋文さんの弁護士時代についてご紹介していきます。
司法試験に合格し、東京の法律事務所に勤務する事になります。ここでもかなりハードな生活を送っていた模様で、弁護士として仕事一色な時代だったようです。
29歳のときには、知り合いの法律事務所に独立するような形で、入社。大きな案件を扱うようになり、弁護士としてのキャリアを順調に積み上げていく事になります。
ただ、弁護士をやっていく中で
「大阪を良くしたい!」
という意欲が強かったようです。ここで、たまたま大きな運命となったのが、やしきたかんじんさんです。
やしきたかじんさんと言えば、関西では知らない人が居ないとも言えるような芸能人で、政治系の番組ではその過激とも取れるコメントが度々話題になる人物でした。
そのやしきたかじんさんの顧問をしていたのが、吉村洋文さんの法律事務所だったようです。そして、上記したような思いをやしきたかじんさんに打ち明けると、政界入りする事を勧められた模様。
実は、橋下徹さんもやしきたかじんさんと縁がありましたよね・・・
また、実は大阪市長である松井一郎さんも若い頃に福岡に単身で移住した経験を持っています。
維新の幹部メンバー、類似点多い

吉村洋文と議員時代
吉村洋文さんは、まず大阪市議会議員として、2011年から2014年まで活動する事になり、2013年から市議団政調会長を務めるようになり、政治家として頭角を表しはじめます。
当時から、やたらと仕事が早い人物が居るという事で、維新の中でも話題になっていたようですね。
その後、2014年に市議会議員を辞職し、国政に挑戦。選挙区では敗れる事になりますが、比例復活にて衆議院議員になります。
その経歴や能力についての評価が高かった(橋下徹さんに信頼されていたという情報も)ということもあり、維新の大きなトピックになっている大阪都構想における
「都構想推進本部」
の中心的な人物となり、衆議院議員としての活動はもちろんですが、都構想の基礎的な部分である制度の設計を担当していたようです。
衆議院議員としての活動もしないといけないので、こちらもまたハードな生活だったようで、橋下徹さんの法律事務所の方が、意識朦朧として大阪の街を深夜に歩いている吉村洋文さんの姿を見かけた事があるようです。
そして、維新にとって大きな転換期であった大阪都構想「住民投票」が2015年5月に行われる事になります。
大きな話題を呼びましたが、わずか1万票程度で否決となり、橋下徹さんの引退表明が行われる事となります・・・
わずか1年で議員を辞職!大阪市長~大阪府知事に
維新は兼ねてから、二重行政の無駄や大阪府・大阪市という2つの巨大な組織がぶつかり合う事によって生じる行政の無駄を省くために都構想を目指していたようです。
住民投票が行われた際には、否決という形に終わりましたが、大阪においての維新人気はかなりな物で、市長・橋下、府知事・松井という状態が構築されていました。
維新の方針を考えると、市長・橋下が引退するとなると、新しく維新の中から、大阪市長となる人物を当選させなければいけません。(市長・府知事といったリーダーが異なると、維新が唱える非効率な状態になる)
しかし、後任となる人物はいわゆる「橋下徹の後継者」となるような人物です。人選はかなり検討された事でしょう。
最終的には、都構想での活躍もあって「吉村洋文さん」が選ばれる事になります。
橋下徹さんの引退が表明され、市長選に挑戦するために、2015年に吉村洋文さんは衆議院議員を辞職します。わずか、1年弱の辞職です。
その後、橋下徹さんの後継者とし大阪市長として当選、2019年にはダブル選挙という形で、松井一郎元府知事(現市長)、吉村洋文元市長(現府知事)が入れ替わる形で、選挙が行われます。
結果、両者とも当選し、現在の吉村洋文府知事・松井一郎市長体制が構築されたという事になります。
大阪のリーダーは若い
今回は、吉村洋文さんの経歴・学歴について
- 高校は生野高校
- 大学は九州大学
- 弁護士出身
- 市議会議員、衆議院議員、市長を経験している
という点についてご紹介させて頂きました。
主に、民間として活躍されていた際には、弁護士として活躍されていましたが、実は税理士という肩書も持っている吉村洋文さん。
やっぱり、かなり頭が良いのは間違い無いでしょうね。
というか、橋下徹さんもそうですが、維新って若い人が多いですよね。
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