平井卓也の実力は本物か?元電通の経歴と学歴を深堀り

政治

菅内閣が公表している政策の中で、一際目立っている印象のある「デジタル庁」。

そんなデジタル庁のトップとして、活躍が期待されているのが、平井卓也大臣。

ただ、最近出てきた人物なのでどんな人物?という点が気になる方も少なくないでしょう。

この記事では、メディアの露出も増えてきている注目の政治家「平井卓也大臣」について気になる

  • 平井卓也大臣の概要
  • 平井卓也大臣と学歴
  • 平井卓也大臣と民間・政治家としての経歴

という部分についてご紹介しています。

IT担当大臣になった事も・平井デジタル改革担当大臣

まず、はじめに平井卓也大臣の基本的なプロフィールをご紹介していきます。

平井卓也大臣のプロフ

平井卓也大臣のプロフィールを簡単にまとめると

  • 年齢 62歳 1958年1月25日
  • 香川県出身
  • 自民党所属(岸田派)
  • 内閣 デジタル改革担当大臣

となっています。

ちなみに過去に似たような役職として、IT政策担当大臣やマイナンバー制度担当等を経験しています。

ちなみに、平井卓也大臣の家柄について触れると、祖父が平井太郎氏となっており、こちらは郵政大臣等で大臣経験のある大物政治家。

父親については平井卓志氏で、こちらも労働大臣を務めてた事のある政治の家系になっていますね。

なんだか、このような情報があると、世襲議員で一般的な特徴の無い議員と感じてしまいます。

こんな人物が、本当にデジタル改革担当大臣なんて、改革と名の着く役職が務まるのかと心配になりますよね。

独特な雰囲気を醸し出す平井卓也大臣

ただ、平井卓也大臣については一般的な面白みの無い所謂、普通の政治家とは異なる部分があると思います。

ニュースやテレビ番組で、平井卓也大臣を見てみると、かなり特徴的だと感じた方も少なくないでしょう。

ただ、特徴的と言っても何というか、発信が上手でキャッチーで人の目を集めやすい河野太郎氏タイプとはまた違います。

認めるところは認めるし(デジタル庁関連の不利な内容でも)、現行の制度(特にマイナンバー等)の欠点が指摘された際には、平井卓也大臣自身からマイナンバーの欠点を指摘するという場面がいろんな媒体で見られますね。

このような姿勢は一般的ななーなーで済ませるような政治家とは一線を画する部分だと思います。

ただ、平井卓也大臣の場合は、典型的な発信力の強い改革派の特徴的な感じは無く、終始穏やかで冷静なのが印象的です。

改革派議員の典型では無く、冷静で穏やかではありますが、受け答えはしっかりとしていて、伝えたい事はしっかりと伝えてきます。

守る部分は守り、攻めるところは攻める。そんな隙がないタイプであると言えるかもしれません。

 

 

 

 

 

高学歴!平井卓也の大学、高校と学歴

次に、平井卓也大臣の大学や高校と言った学歴についてご紹介していきます。

平井卓也大臣の高校

平井卓也大臣は、香川県の高松市出身となっており、高校については、地元の高松第一高等学校という高校を昭和51年に卒業しています。

偏差値は、50~70と情報元によって大きく異なっていますが、県内でもトップに入るレベルの進学校である事はたしかです。

平井卓也大臣の世代となると、競争も激しいのでかなり難易度の高い受験になっていた事は間違いないでしょうね。

ちなみに平井卓也大臣が卒業した高松第一高等学校は、あの尾木ママの卒業している高校となっており、アナウンサーや野球選手等、かなり著名人を輩出している高校にもなっています。

進学実績を見ても(2016年)

  • 東大 1人
  • 京大 1人
  • 阪大 4人
  • 国公立大学 200人以上
  • 早慶 13人
  • 関関同立 156名

とかなり、有名な大学に進学している学生が多い事が分かりますね。

立地的な事もあるのか、関西の大学に進学する学生が多い印象ですね。

平井卓也大臣の大学

関西の大学に進学する人が多い高松第一高等学校を卒業した平井卓也大臣ですが、後に入学した大学は

「上智大学」

となっています。上智大学といえば、私立大学の中でもかなり優秀な部類に入る大学ですね。

また、これに加えて平井卓也大臣は「外国語学部英語科」に在籍したようで、上智大学の中でもかなり偏差値の高い学部を昭和55年3月に卒業したようです。

(58~67がアベレージで、外国語学部は偏差値65)

かなり、優秀な学生であった事が分かります。

ただ、政治家の中には東大・法学部からの官僚という典型的エリートコースを歩んでいる方が少なくありませんが、平井卓也大臣はこれに当てはまらないと言えるでしょう。

 

 

 

 

平井卓也の経歴がエリート過ぎる!あの電通にも

名門大学を卒業された平井卓也大臣の卒業後の進路について、ご紹介していきたいと思います。

電通に就職

平井卓也大臣は、上智大学を卒業した後に、広告代理店として非常に知名度の高い「電通」に就職されています。

普通の政治家と異なる部分、官僚っぽくない感じというのは、政界のエリートコースではなく、民間のエリートコースを歩んでいるからかもしれません。

ちなみに平井卓也大臣が電通で活躍されていた時とはまた違った状況だったとは思いますが、近年電通は海外の広告事業を行っている会社を傘下に入れるほどの会社となっています。

広告関連の会社としては、トップ5に入る勢いの模様。

平井卓也大臣は、そんな電通に就職してバリバリ何年も活躍されたのだと思いますが、何と1986年には電通を退社されました。(卒業は1980年)

まだ、平井卓也大臣は30に行くか、いかないかと言った所だったようです。

6年ほど電通に勤めていたという事になりますね。

今でこそ、それほど違和感の無いものではありますが、当時年功序列・終身雇用で回っていた日本社会の事を考えると、かなり珍しい事だったのでは?と考えられます。

スピード出世すぎる!社長に

平井卓也大臣の経歴の面白いところは、電通を辞めた所というよりも電通を辞めた翌年に「西日本放送」という会社の社長になっている所です。

西日本放送とは、テレビ・ラジオの両方を香川や岡山を提供している会社の事で、放送局の社長になったという事になります。

ただ、今で想像する所の起業してスタートアップと言ったものではありません。

どちらかと言うと、規模の大きい家業を継いだ?みたいな部分が大きいのでしょうか。

というのも、この西日本放送の株式比率を見てみると(2015年のデータ)

四国新聞社と平井温子氏という個人が、約10%強ずつ株式を保有しており、この四国新聞社は平井卓也大臣や平井温子が関係していると見られる平井家がオーナーとなっています。

また、西日本放送の創業自体も平井家が創業したもののようで、実家の仕事を手伝う形で社長に就任したという事になるのでしょうか。

いや、規模が大きすぎますが・・・

同族経営の社長になったとも言えるかもしれません。

この点を考慮すると、実家のコネで社長になったという捉え方も出来ますね。

ただ、一方で広告業界に深く関わる電通に勤めていた平井卓也大臣ですから、きっと西日本放送の経営に活きてくる部分もあったに違いありません。

その点から行くと、大きな出世を果たしたのは平井卓也大臣の実力も大きく寄与していると考えるられるのでは無いでしょうか。

 

 

 

 

 

これからに期待?政治家としての経歴と実力

次に、平井卓也大臣の政治家としての経歴について詳しくご紹介していきます。

平井卓也大臣の初当選まで

まず、はじめに平井卓也大臣の初当選までについてご紹介していきます。

平井卓也大臣は1996年に政治を志し、香川1区から出馬します。

このとき平井卓也大臣に関わっていた政党は、今は聞かない「新進党」という政党で、新進党の公認を受けました。(新進党は、1994年~1997年にあった政党)

ただ、この時、平井卓也大臣と同じ所から出馬していた藤本孝雄(自民公認)に敗れてしまいます。

平井卓也大臣は政治家の家系ですから、これだけではめげません。

2000年に同じ所から出馬し、ここで当選します。

その後は紆余曲折ありながら、現在まで当選7回となっており、20年ほど国会議員として活動しています。

現在までの政治家としての役職

次に、平井卓也大臣の政治家としての役職や経歴から、平井卓也大臣の実力や功績についてご紹介していきます。

ITから広報まで

平井卓也大臣が経験した事のある目立った役職は以下のようなものが挙げられ、

  • 17年 内閣府大臣政務官
  • 19年 二度に渡って国交副大臣
  • 20年 政務調査会副会長
  • 21年 IT政策戦略特命委員長
  • 22年 ネットメディア局長
  • 25年 IT戦略特命委員長
  • 29年 広報本部長
  • 30年IT政策担当大臣
  • 令和元年  デジタル社会推進特別委員長

(表記のないものは平成)

と言った役職を経験しています。

自民党内の役職としては、広報関係のものが多く、22年にネットメディア局長になっている頃から、広報関係のものが増えていると思います。

やはり、こちらは平井卓也大臣が元々大手広告代理店である電通に勤めていたという経験が買われている可能性が高いでしょう。(メディアの社長でもありましたし)

IT・デジタルに強いは本当か

一方で、内閣に関わるものの場合は、デジタル関係の者が多くなっており、今回のデジタル庁設置に伴う平井卓也大臣の起用に関わってくる部分であると思います。

以前から、IT関連の政策をやっていた事は伺え、よくある「派閥に配慮して取り敢えず置いておくか」と言ったポストとは異なり、実力が買われている可能性が高そうですね。

また、ITに強いというのはIT戦略特命委員長としての活動はもちろんですが(本当に様々な活動をしています)、ラトビアといったIT先進国への訪問も行っっています。

この当たりはまでは、まだ政治家としてあるあるの経歴・経験ではあると思います。

ただ、筆者が注目したのはYoutubeの運営です。

平井卓也大臣はYoutubeチャンネルを運営しており、3300人の登録者がいます。

発信力の強い他の政治家と比較すると、お世辞にも規模が大きいチャンネルとは言えません。

ただ、初めて平井卓也大臣のYoutubeチャンネルにアップされた動画は以下の動画となっており、

 


なんとこの動画は「2008年」にアップロードされているのです。(Twitter運営も同じく10年以上運用)

Youtubeがここ数年で広まったのは言うまでもありませんが、2008年でYoutubeを見ていたのは今と比較すると本当に一部の層です。

それに加えて、2008年という段階で「自らも動画をアップしよう」というフットワークの軽さ。

これは変化の激しい時代に求められているものではないでしょうか。

このような平井卓也大臣の特性を考えると、デジタル庁も期待したい所ですね。

 

 

 

 

平井卓也の経歴・学歴についてまとめ

この記事では、平井卓也大臣の経歴・学歴について

  • 平井卓也大臣は上智大学卒
  • 電通からの社長というスピード出世
  • 広報関係の自民党役職が多い
  • 内閣関連ではデジタルが多くなっている
  • Youtubeは2008年に触れるフットワークの軽さ

と言った部分についてご紹介させて頂きました。

まだまだ、実態が見えない(そもそもこれから作るのだと思いますが)デジタル庁ですが、平井卓也大臣がやるなら、期待も出来ると感じた方も居るのではないでしょうか。

派閥に配慮した点は否めませんが、菅内閣も肝いりの部分はしっかりとした人材を選択したのかもしれません。

 

 

 

 

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