超エリート・ジャネットイエレンの若い頃の画像と現在までの経歴!身長も

政治

綺麗な白髪に、可愛らしい顔が印象的なジャネットイエレン氏。

世界経済をチェックしている方や、普段からニュースを見ている方なら、一度くらいは見たことがあると思います。

この記事では、そんなアメリカ経済のスペシャリストである「ジャネットイエレン氏」にフォーカスを当てて、

  • ジャネットイエレン氏と財務長官
  • 学生時代から初期のキャリア
  • FRB議長になるまでの経緯
  • ジャネットイエレン氏の若い頃の写真

といった点についてご紹介していきたいと思います。

次期財務長官のジャネットイエレン

経済学者であり、FRB議長・副議長の経験者・・・

ジャネットイエレン氏の発言の一つ一つで為替や株価が激しく動く現象を目にしたことのある方も少なくないはずです。

そんなアメリカの金融・経済に関する重要なポストを何度も経験しているジャネットイエレン氏が、バイデン政権にて「財務長官」になる事が発表されました。

つまり、政権メンバーの1人として活動することになるということですね。

バイデン政権って民主党という事もあるのか、女性の採用が多いですよね。

ちなみに、ジャネットイエレン氏のようにFRBの議長経験者で、財務長官になるケースはかなり少ないです。

過去の例では一例のみで、カーター政権で一度元FRB議長が採用されたことがありますが、それ以外では例はなく異例のことです。

 

 

 

 

首席で卒業からFRB議長まで・ジャネットイエレンの経歴

これから、経済、金融のスペシャリスト・ジャネットイエレン氏の経歴を学生時代から、詳細にご紹介していきたいと思います。

ジャネットイエレンの経歴まとめ

まず、はじめにジャネットイエレン氏の経歴を簡単に非常に簡単にまとめると

  • 67年 大学卒業
  • 71年 ハーバード大学の助教授になる(経済学部)
  • 77年 FRBの経済学者としてサポート
  • 80年 カルフォニア大学の助教授
  • 85年 同大学で教授に
  • 94年 FRB理事に
  • 4年 サンフランシスコ連邦準備銀行総裁
  • 14年  FRB議長
  • 21年 バイデン政権にて財務長官

となっています。これから、上記の経歴を一つ一つ詳しくご紹介していきます。

ジャネットイエレンの生い立ちと学生時代

ジャネットイエレン氏は、教師の母親と医師の父親の元で、ニューヨークで生まれ育ちます。

幼少期からかなり頭が良かったようで、高校(フォートハミルトン高校)を、Valedictorianという称号を得た状態で卒業。

この称号というのは、アメリカ・カナダ等では一般的な称号で、卒業生の中でも特に優秀な方に与えられるものとなっています。

日本で言う首席という感じですね。

この日本で言うところの首席は、卒業式にてスピーチを行う文化があり、ジャネットイエレン氏もスピーチを恐らく行ったのでしょう。

(アメリカの映画とかによくある優等生がスピーチするシーンのやつ)

その後、ブラウン大学に入学し、ここでも優秀な成績で卒業。

意外ですが、大学で当初は哲学を学んでいたようで、途中から経済学に軸足を置いたようです。

この転機が、後々自身の運命を大きく変えるとは、このときのジャネットイエレン氏も思ってなかったでしょうね。

その後は、イエール大学にて博士号を取得。文字通り、経済学のスペシャリストになっていきます。

ちなみに、ジャネットイエレン氏と同じ時期に博士号を取った人物は20人ほど居たそうですが、女性はジャネットイエレン氏のみだったようです。

アカデミックな世界へ

ジャネットイエレン氏が、はじめのキャリアとして選んだのはアカデミックの世界でした。

博士号を取得した後に、彼女は「ハーバード大学」の助教授として活躍し、教鞭を取っていたようです。

このあたりから、FRBとの関わりを持つようになったようで、自身の能力をFRBのサポートに割くようになっていきました。

また、FRBでの仕事は、ジャネットイエレン氏に大きな転機を齎します。

というのも、FRBで働いている時に、ジャネットイエレン氏の夫であるジョージ・アカロフ(彼も大学の教授で超優秀)と出会い、1年後には結婚というスピード婚を行っています。

FRBの一員として頑張っていたジャネットイエレン氏ですが、夫のジョージ・アカロフは現在教授という事もあり、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)への転職が決定します。

そこで、ジャネットイエレン氏は彼に付いていくために、FRBの仕事は一旦ストップし、ロンドンへと飛びました。(ジャネットイエレン氏もLSEで講師になりました)

アカデミックでの出世とFRB

数年間、ロンドンで過ごした後にジャネットイエレン氏・ジョージアカロフ夫婦は、アメリカに戻ってきます。

そこで、米国から帰ってきた82年以降は、カルフォルニア大学のバークレー校で准教授として、アカデミックの世界で活躍し、85年には教授となりました。

ジャネットイエレン氏の脳みそがハイスペックなのはもちろんですが、人に教えるにも長けていたようで、教育賞を2回も受賞しました。

85年以降は、大学の教授として活躍していましたが、94年に「FRB」に戻ってきます。

それも、理事の1人として。

FRBの理事として94~97年までの間務めていたようです。

ビルクリントンが政権を握っていた際は、経済に関する重要な委員会(CEA)に関わり、97~99年まで委員長を務めました。

ちなみに、FRBの理事をやめたのはCEAがきっかけと見る説もありますが、CEAがに関しては個人的な理由での辞職を発表しており、色々と勘ぐられたようですね。

99年にCEAをやめて以降は、カルフォルニア大学のバークレー校での仕事にフォーカスしました。

FRB議長から財務長官に

2004年に、またジャネットイエレン氏は大学から離れる事になります。

というのも、2004年に「サンフランシスコ連邦準備銀行」の責任者として、選ばれたのです。(総裁になった)

ここでの職は2010年まで続き、様々な実績を認められた事で、当時のオバマ大統領が2010年にジャネットイエレン氏を「FRB副議長」に選出しました。

民主党だった事も寄与しているのかも?という説も強いですが、オバマ大統領が指名する以前から、十分な経歴によりメディアでは、候補としてジャネットイエレン氏が登場していました。

この点を考慮すると、当時すでに経済・金融業界の重鎮としてジャネットイエレン氏の名前は業界では広がっていたのでしょう。

副議長として、紆余曲折あったものの、2013年には議長に指名されました。トランプ当選後も議長として活動しており、2018年に議長としての任期は終了しました。

FRB議長は、米国で大統領の次に影響力があるとも言われる人物です。かなり大変だったでしょうね・・・

議長の任期を終えた後は、ブルッキングス研究所のメンバーの1人(恐らく幹部メンバー?)に加わり、現在に至ります。

 

 

 

 

 

身長は160cm!ジャネットイエレンの若い頃が超美人な件(画像)

ジャネットイエレン氏の経歴について、様々な点をご紹介しました。

経歴をさかのぼっている内に、若い頃はどんな容姿だったのか?顔だったのか?と気にある方も少なくないでしょう。

恐らく学生時代?と見られる画像はいくつか、ネットにアップされており、

 

Prabook

現在の面影からも何となく美人そう・・・とは想像出来ましたが、これは想像以上の美人ですね。。。。

若い頃から超頭よくて、FRB議長にまで登りつめて、美人って最強じゃないですか。

ジャネットイエレン氏をテレビやメディアで見ていて、結構小柄だなぁと感じた事ないですか?

海外の情報を参考にすると、ジャネットイエレン氏の身長は「5フィート3インチ」、日本で一般的なcmで表すと、160cmの身長なのです。

日本だとそこまで小柄という訳ではないですが、アメリカの白人女性では小柄な方かもしれませんね。

特にアメリカの場合、周りの身長が高いから、小柄に感じるのかも・・・

 

 

 

 

まとめ

この記事では、ジャネットイエレン氏にフォーカスして、経歴から若い頃の画像まで、ご紹介させて頂きました。

ジャネットイエレン氏は、今年で75歳。若々しい見た目をしているからもっと若いのかと思ったら、意外に年食ってますね。

財務長官は責任のある仕事ですが、ぜひ健康には気を付けて頂きたいところです。

 

 

 

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