松本純の経歴・派閥・学歴の全て!側近は本当?麻生太郎との関係とは

政治

こんな御時世の中なので、政治家の飲食がちょこちょこ週刊誌のターゲットになってしまいます。

新たなターゲットになったのは「松本純」さんで、今年70歳の超ベテラン議員。

ベテラン議員ではあるものの、それほど知名度が高いタイプではないですよね。

なので、この記事では松本純さんの経歴や政治家としての情報にフォーカスして「松本純と学歴」「松本純の経歴」「松本純の派閥と麻生太郎」という点について触れています。

自民党・松本純の息子は3人!嫁(妻)や孫といった家族の画像も
1990年から政界入りして、長年自民党の政治家として、活動している松本純さん。 自民党はベテラン議員が多いですが、政治家として30年を超える活動期間がある事を考慮すると、松本純さんもギリギリベテラン議員の部類に入るのではないでしょうか...

東京薬科大学を卒業した松本純の学歴

まず、はじめに松本純の学歴という観点から、松本純さんについてご紹介していきます。

松本純と生い立ち

松本純さんの生年月日は「1950年4月11日」です。つまり、今年71歳になるとの事で、見た目は結構若く見えますが、意外に高年齢のようです。

松本純さんの家は、薬局を経営していたようで、松本純さんの父親は薬剤師だったようです。

当時の写真が残っており、

松本純

なんだか、お金持ちそうな家ですね・・・

ちなみに、少年時代に松本純さんが後々政治家になる大きな伏線があったようです。

というのも、松本純さんがまだ小学生、まだ8歳の事です。

松本純さんは、あの岸信介さんが出席していた演説を見に行き、その際に撮った岸信介さんの写真を、岸信介宛に送ったところ、

松本純

という色紙が岸信介さんから帰ってきたようです。

岸信介さんと言えば、日本の元首相で、なおかつあの安倍首相の祖父です。

様々な評価はありますが、日本の後の安全保障面において、多大な影響を与えた人物である事は確かでしょう。

総理大臣になるような人物なので、もちろん岸信介さんは著名な政治家でした。

今で言えば、自民党の菅首相から色紙を貰うようなもの。

当時の新聞でもほっこりするエピソードとして、各紙に取り上げられており、この経験は松本純さんが後に政界へ進出するにあたり、大きな影響を与えたようです。

中学校から高校まで

そんな少年時代を過ごした松本純さんは、中学校と高校は聖光学院の中学校・高校に進学します。

聖光学院と言えば、かなり有名な進学校で、中学受験の偏差値は70程度と難関校として有名です。

(神奈川県にある学校ですが、難易度はトップレベルだそうです)

学生時代はかなり勉学に励む学生だった事が分かります。

ちなみに、小学生のときは野球を主に習っていたようですが、中高になってからは「バトミントン」にシフトされたようです。

松本純の大学

次に、松本純さんの大学について触れていきます。

松本純さんは、聖光学院高校を卒業した後に「東京薬科大学」の薬学部に進学し、ストレートで卒業します。

政治家といえば、法学部に入学している方や政経関連の学部が多いですが、松本純さんの場合は少し他の政治家とは変わった大学・学部となっていますね。

これはやはり、松本純さんの家系の影響でしょう。

松本純さんの父親は、薬局を経営していましたし、家業を継ぐというのも、視野に入った上での薬学部に入学したのだとおもいます。

薬学部に入ったということで、松本純さんは1974年に「薬剤師国家試験」に合格されており、薬剤師としての肩書も持っている人物です。

 

 

 

 

松本純の経歴の全て

次に、薬剤師になった松本純さんの社会人時代から政治家までの経歴をご紹介していきます。

松本純と民間時代

松本純さんの家が経営していた薬局は「有限会社松本薬局」という薬局です。

大学を卒業したら、松本薬局に就職するのかと思いきや、すぐには家業に入らなかったようですね。

というのも、松本純さんの民間時代の経歴を簡単にまとめると

  • 1974年 エスエス製薬株式会社
  • 1978年 有限会社松本薬局
  • 1987年 松本薬局の代表取締役社長
  • 2003年 辞任
    (現在は休職扱いとなっている模様)

となっています。

つまり、大学卒業してすぐは、4年ほど製薬株式会社に務めていたということになります。

一度は家とは関係のないところで活躍しておこうという意図があったのかもしれません。

ちなみに、このような民間時代の活躍というのは政治家としての現在でも活きており、


薬剤師に関連する団体との繋がりがあるようですね。

薬剤師の経験を持つ政治家がいれば、全国の薬剤師の方にとっても心強い存在だと思います。

松本純の政界入り

経歴が民間時代と被っているので、恐らく家業もやりながら「1990年」に、松本純さんは政界入りします。

はじめは国政ではなく、横浜市会議員としてのスタートだったようで、その後、2000年まで横浜市会議員として活躍しています。

松本純さんの政治家としての経歴を簡単にまとめると

  • 1990年 横浜市会議員 初当選
  • 1995年まで3期に渡り当選
  • 1996年 国政デビュー
    (衆議院)
  • 2000年 衆議院にて落選
  • 2003年 衆議院で当選
  • 現在まで7期の当選

となっています。

かなりベテラン議員ですが、内閣入りは結構最近で「2016年・国務大臣」に任命されています。(2017年まで)

ちょこちょこ、自民党の重要イベントで関わってはいますが、重要ポストに起用されているとまでは言えず、一般的な自民党ベテラン議員という感じだと思います。

現在の自民党内における主な役職を紹介すると、「国会対策委員会 委員長代理」「消費者問題調査会 顧問」「社会保障制度調査回 副会長」「障害児者問題調査会 副会長」「雇用問題調査会 会長代理」となってなっています。

 

 

 

 

派閥はもちろん麻生派!松本純と麻生太郎の関係

松本純さんの政治家としての経歴を詳しくご紹介していきます。

松本純の派閥と麻生太郎との関係

松本純さんが所属している派閥は「志公会」となっており、ご存知の方も多いかもしれませんが、この派閥の会長は「麻生太郎さん」となっています。

つまり、俗に言う「麻生派」の派閥という事になりますね。

ちなみに、松本純さんは麻生太郎さんとかなり近しい人物である事が知られており、麻生太郎さんから「ヤマジュン」と呼ばれているようです。

NHKのニュースでも、側近として取り上げられており、

側近の松本純は、安倍が辞任を表明したあとの麻生の心中を次のように語った。
「迷っていたと思いますね。誰がこの緊急時に対応するのに最もふさわしいか。それを担うのは誰かと悩んでいたと思います」

NHK

政界では、麻生太郎氏の関係は有名なのでしょう。

その関係はかなり古いことが予想され、例えば松本純さんのブログ的な記事では2007年(麻生さんが幹事長の時)の麻生さんについて

昨日、幹事長が決裁した自民党役員案は今日の総務会で無事に承認されたそうです。これで晴れて私も正式に二期目の副幹事長に就任したことになります。その後の対応について麻生幹事長、細田幹事長代理、林筆頭副幹事長が協議されました。実際には来週から具体的な動きが始まります。

松本純

といったように記載されているものもありました。

目立って、どんどん活躍していくタイプの政治家というよりも、大物政治家を支える参謀タイプなのでしょうか。

もしも、麻生太郎さんが自民党内でもっと力を持つようになると、後々松本純さんが重要ポストに起用されるという可能性もありそう。

松本純のYoutubeが麻生太郎だらけな件

最後に、松本純さんと麻生太郎氏の関係が、なんとなく見えてくる松本純さんのYoutubeをご紹介したいと思います。

松本純さんは自身のYoutubeチャンネルをもっており、そこそこの頻度で更新されています。

一般的に政治家のYoutubeチャンネルといえば、その政治家が社会・政治の問題を解説・評論する事が少なくないです。

しかし、松本純さんのチャンネルでは以下のような動画がかなりの数アップされており、


この動画からも分かるようにサムネが麻生太郎さんで、内容も麻生太郎さんが目立った動画になっています。

このような麻生太郎さんがサムネになっている動画が、松本純さんの直近の20個の動画の内、17個もあります。

これじゃ、ほぼ麻生太郎チャンネルです。

ただ、それほど松本純さんと麻生太郎さんの関係が近しい、まさに側近的な存在であるということなのでしょう。

 

 

 

まとめ

この記事では、松本純さんの経歴という点から、民間時代・政治家時代について触れました。

自民党って凄く大きい政党ですから、恐らく目立っていないベテラン議員ってもっといるんでしょうね。

フォーカスされていないものの、7期連続で当選しているような人物がかなりの量居る事を考えると、自民党はやっぱり凄い政治組織です。

 

 

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