慶応大学卒・中山亮太郎がマクアケを創業するまでの経歴と学歴をwikiより詳しく

起業家

マクアケの創業者で、現在も社長となっている中山亮太郎さん。

クラウドファンディングとしては最大級のサイトとなっており、上場もしていることから中山亮太郎さんがメディアへ出演している事も少なくありませんよね。

この記事では、そんなマクアケの中山亮太郎さんにフォーカスを当てて「簡単なプロフ」「生い立ちから学歴まで」「マクアケ創業までのキャリア」という点についてご紹介していきます。

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中山亮太郎のプロフを簡単にwikiっぽくまとめる

まず、はじめに中山亮太郎さんのプロフをwikiっぽい感じで、簡単にまとめたいと思います。

  • 名前 中山亮太郎
  • 生年月日 1982年4月11日
  • 血液型 B型
  • マクアケ創業者・社長
  • 東京出身

といったプロフになっています。

IT業界ではそれほど珍しくはありませんが、それでも上場企業の社長という観点で考えると、今年で39歳ってかなり若いですよね。

中山亮太郎さんの経歴(キャリア)を本当に簡単にまとめると

  • 2006年 慶応大学卒業
  • 2006年 サイバーエージェント入社
  • 2010年 ベトナムでベンチャーキャピタルに
  • 2013年 マクアケの創業者に

となっています。

この記事では、上記の大学の部分から、後々のマクアケ創業までについて、詳しくご紹介しています。

 

 

 

大学は慶応!中山亮太郎の学歴

まず、はじめに中山亮太郎さんの生い立ちから、大学卒業までにフォーカスをあてて、様々なポイントをご紹介していきます。

中山亮太郎の生い立ち

後々、上場企業の社長になる中山亮太郎さんですが、やはりそのような家系というか、家柄的にかなり起業家精神の強い家だったようです。

というのも、中山亮太郎さんの中山一家には、会社に勤めている父親がおらず、サラリーマンが中山亮太郎さんの周りにはいなかったようです。

その祖先を遡っていくと

  • 曽祖父(ひいじいさん) 大工
  • 祖父 個人投資家
  • 父親 出版会社を起業

となっています。また、中山亮太郎さんと距離が近い中山亮太郎さんの父親は、自身の親のお金で起業というよりも、1人で上京して単独で起業したようです。。。

(もちろん、何らかのサポートがあった可能性がありますが)

家系なんて関係ないという意見もあるかもしれませんが、個人的にはこのような幼少期の環境的に、後々起業する伏線になっている気がしてなりません。

中学から高校まで

中山亮太郎さんは、幼少期からキャプテン翼が好きだったようで、それがきっかけで「サッカー選手」になりたいと、ガチで志していたようです。

中学・高校に関しては中高一貫校に入学しました。

強豪校へ入学したのか?と思いきや、中山亮太郎さんが通っている中高一貫校については、それほどサッカーは強くなかった模様。


ただ、中山亮太郎さん自体のレベルは高かったようで、地域の選抜に選ばれるような人物ではあったようです。(中学生の頃)

このような背景もあり、より現実的にサッカー選手としての人生を夢見ていたようですが、高校になるとトップレベルの人達とのレベルの差を強く、現実を感じてしまった模様。

(強い高校との練習試合でボコボコにされたりして)

そして、夢が消えてしまったという事で、中山亮太郎さんの「口が上手かったこと」「何となく難しそうでかっこよかったから」という理由で、弁護士を志すようになります。

中山亮太郎の大学

中山亮太郎さんは、そのような高校生活を送りながら、弁護士に適任なのはどの大学か?という観点から、一浪しながらも慶応大学に入学します。(法学部)

慶応大学って実業家を何人も輩出している経済界の大学というイメージを持っている方も多いと思いますが、中山亮太郎さんの場合はビジネスというよりも、弁護士になりたくて慶応に入ったようです。

実際に慶応大学に入学したものの、中山亮太郎さんが弁護士になりたかった理由が、結構抽象的な理由だったので、法律業務のリアルを知るため、法律事務所にて働きました。(バイト)

その法律事務所のバイトを行っている時に、起業家が法律事務所に法律相談を行っているのを見て

「事業を始めた方が面白いかなぁ」

という思考になっていったようです。

ここで、後々起業するという意志が固まっていったようですね。

 

 

 

 

中山亮太郎の経歴をwikiより詳しく

次に、中山亮太郎さんの大学卒業後からマクアケ創業までをご紹介していきたいと思います。

藤田社長の側近?!就職はサイバーエージェント

起業家になる道が大学生になって、見えてきた中山亮太郎さんは「サイバーエージェント」に入社します。

サイバーエージェントと言えば、新卒1年の人でも子会社の社長にするという少しトリッキーな文化がある事が知られていますからね。

それに、中山亮太郎さんが入社したのは大学を卒業直後の2006年。

今でこそ、サイバーエージェントは株価7500円(記事執筆時点)、時価総額9000億円超えという超大企業ですが、中山亮太郎さんが入社したころは株価900円~1000円程度の起業でした。

会社の規模はもちろですが、まだサイバーエージェントが事業をしっかりと腰を据えていた時期ではないので、中山亮太郎さんが入社した当時は、社内でどんどん新規事業が立ち上がっていたようです。

要は、成長中の超イケイケの企業だった訳です。

そんなサイバーエージェントで、中山亮太郎さんは後々に起業したいという志があるわけですから、サイバーエージェントの中の

「社長室事業戦略部」

という部署への配属を志望しました。

そこで、新規事業の立ち上げをどんどん目の前で体験していきます。

また、サイバーエージェントの社員として、藤田社長の運転手もしていたようで、そこでのちの糧となるアドバイスを沢山もらいます。

現在でも、中山亮太郎さんが尊敬する経営者は藤田社長のようで、ものすごく大きい存在である事が伺えますね。

ベトナムへ飛ぶ

サイバーエージェントで、どんどん実力をつけていった中山亮太郎さんに、大きな転機の1つなる誘いが来ます。


それが「ベトナムの投資子会社のポストがあいた」というものです。

それがきっかけで、中山亮太郎さんはベトナムのベンチャーキャピタルへ配属となり、仕事柄たくさんの事業に関わります。

また、同時にベトナムで経験したその勢いから「日本ってこの先大丈夫なのか・・・」という危機感を抱くようになった模様。

これが、後のマクアケの思想にも繋がっているようです。

帰国してマクアケ創業

ベトナムでもしっかりと活躍していた中山亮太郎さんですが、ここで日本から「マクアケの創業」を誘う連絡が来ます。

当時、徐々に話題になりだしていた「クラウドファンディング」。

ネット関連の事業に次々と手を出しているサイバーエージェントですから、もちろん、サイバーエージェントでもクラウドファンディングを行おうという方針になったようです。

そこで、サイバーエージェントで誰を新規事業の責任者にしようかっという所から「中山亮太郎さん」の名前が上がったようです。

後に、ベンチャーキャピタルとして働いており、そのシナジーから起用されたのでは?と、中山亮太郎さんは感じているようです。

(藤田社長は否定しており、シンプルに人間性や人となりを見て、決めたと後に発言)

中山亮太郎さんが起用されて創業された会社が「サイバーエージェント・クラウドファンディング」です。社名が長い。。。(後にマクアケに名称変更)

そこからは、スタートで躓いたり(思ったよりもアーリーアダプターが居なかった)、幾度となく資金ショートしかけたり等、様々な困難がありました。

ただ、順調に成長していき、2019年12月11日マクアケはマザーズに上場、初日に売り出し価格が1550円・終値2980円で時価総額は300億円超えとなりました。

現在は、記事執筆時点で株価9000円、時価総額は1000億円を超える起業となっています。

 

 

 

まとめ

この記事では、中山亮太郎さんの経歴にフォーカスを当てて、様々な観点から中山亮太郎さんをご紹介させて頂きました。

マクアケはやはりサイバーエージェントの新規事業としてはじまった側面から、中山亮太郎さんにフォーカスが当たらないことがおおいですが、やっぱり起業して会社を上場させるって凄いですよね。

シンプルに羨ましい。。。。

 

 

 

 

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