東日本大震災の死者・犠牲者・被災者の有名人

社会情勢

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震。

その一連の災害は、東日本大震災と表現されることが一般的です。

この記事では、そんな東日本大震災と有名人の被災・死者という点にフォーカスして、東日本大震災で被災した有名な方について様々な観点からご紹介しています。

東日本大震災の有名人の被災者

まず、はじめに東日本大震災と有名人の被災者(死亡を除く)の方々について、その一部をご紹介していきます。

黄川田徹

黄川田徹さんは、日本の政治家の1人で、衆議院議員を経験している方です。

政党は旧民主党系で、民進党や国民民主党といった政党に所属していました。

そんな黄川田徹さんは、岩手県陸前高田市の出身となっており、政治家としての地盤としても岩手県、高田市の職員としても活躍しており、被災地と深く関わっている人物でした。

東日本大震災の影響を大きく受け、黄川田徹さんとその娘さんは被災したものの、生き残りました。

しかし、黄川田徹さんの妻・その両親(妻の)・秘書・長男が亡くなっており、黄川田徹さんの身内にはたくさんの被害があったようです。

黄川田徹さんは、東日本大震災後も政治家として活動しており(現在は引退)、Twitterでは以下のように復興への意欲を語っていました。

 


どの地域・自治体にも政治家の方というのは居ますから、有名人・著名な方として政治家の方が被災したというケースは少なくありませんね。

スコットファーディー

スコットファーディーさんはオーストラリア出身のプロラグビー選手となっており、東日本大震災当時は日本の釜石市のチームである「釜石シーウェイブス」にて活躍していました。

名前が入っているくらいなので、釜石市を主な活動拠点としていたチームですが、その釜石市は東日本大震災によって非常に大きな被害を受けました。

原発事故の影響によって、周辺に渡航している外国人に対しては、母国の政府から非難・帰国勧告が行われているケースが多く、スコットファーディーさんの母国であるオーストラリアも例外ではありませんでした。

しかし、スコットファーディーさんは地元に滞在する事を決意し、釜石市においてボランティア活動等を積極的に行いました。

当時、地震はもちろんですが、原発事故による海外からの日本への視線・認識というのは非常に厳しいものがありましたからね。

スコットファーディーさんのご家族もかなり心配したと思いますが、それでもボランティア活動に参加して日本の復興に尽力してくれたのは、非常にありがたいエピソードです。

羽生結弦

現在の日本フィギュアスケート界における代表的な存在・羽生結弦さん。

記事執筆時点で26歳の羽生結弦さんは、東日本大震災の発生当時は16歳でした。

地震が発生した際には「アイスリンク仙台」にて、スケートの練習を行っていたようです。

本当に練習の真っ最中に発生したため、スケート靴のまま外に避難。

東北出身の方なので、自身の自宅も東日本大震災による被害を受けており、避難所生活も経験しているようです。

 

 

 

 

東日本大震災の有名人の死者

次に、東日本大震災によって死亡してしまった有名人・死者という観点から。

遠藤末希

遠藤末希さんは宮城県にて被災し、同じく宮城県にて遺体が発見されました。

遠藤末希さん事態が生前に有名だった・著名だったという訳ではありませんが、その功績は非常に大きく、後に大きく取り上げられているので、触れさせて頂きます。

東日本大震災が発生した当時、遠藤末希さんは宮城県南三陸町の職員として活躍されていました。

自治体が頻繁に津波の被害にあっていたこと等から、危機管理課があらかじめ設置されており、遠藤末希さんはその危機管理課の職員でした。

その影響もあり、遠藤末希さんは防災無線にて避難を呼びかけ続け、たくさんの方が東日本大震災による死者になることを防ぎました。

しかし、避難を呼びかけ続けことにより、遠藤末希さんは逃げ遅れ、津波の被害に遭いました。

2010年には入籍をしており、2011年9月には結婚式を挙げる予定だったようです。

加藤宏暉

加藤宏暉さんは政治家で、東日本大震災の当時は大槌町の町長として活躍していました。

東日本大震災の発生当時は、役所の職員と共に対応を検討しており、その影響により津波による被害に遭ってしまいました。

加藤宏暉さんが死者として確認されたのは、8日後のことで、3月19日に遺体が確認されます。

2007年から町長を務めており、2011年の4月(東日本大震災は3月11日に発生)には、次期町長の選挙が控えており、再選を目指していたようです。

佐藤恵利子

佐藤恵利子さんは、女子サッカー選手として活躍していた人物で、2007年から宮城県のフットサルチームで活動していました。

サッカー選手として優秀な成績を収めていた佐藤恵利子さんですが、フットサルチームで活躍していた際に、東日本大震災により被災。

津波が直接的な要因で、後日遺体が遺族によって確認されました。

佐藤恵利子さんはサッカー選手として著名な人物だったこともあり、後に「故 佐藤恵利子さんを偲ぶ会」が熊本で行われたこともあります。

(佐藤恵利子さんがサッカー選手として活躍していたチームが熊本にあった)

 

 

 

 

まとめ

この記事で紹介した被災者・死者というのはほんの一部です。

ただ全体的に、津波による被害がかなり大きかったことが傾向として分かりますね。他の有名な方の死因の多くも津波でした。(一般的にも知られていたことでもありますが)

地震はもちろんですが、水の災害という点から考慮した際に、津波のみならず日本には様々なリスクが存在しています。

「海が近くにないから」と感じる方もいるかもしれませんが、国交省が提供しているハザードマップを

ハザードマップポータルサイト
国土交通省が運営する、「ハザードマップポータルサイト」です。身の回りでどんな災害が起こりうるのか、調べることができます。

まだ見たことがないという方は、一度目を通して頂きたいです。

 

 

 

 

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